1892年

GINZA TANAKAの歴史は「清水商店」の名で貴金属装身具卸として、
明治25年に東京に開業したことからはじまります。
その後「山崎商店」に社名を変更し、店舗を日本橋へ移転。
山崎亀吉は「K18」や「K24」といったゴールドの品位を示す規定を
日本で初めて立案するなど、貴金属界の確立に貢献したことでも
知られています。

山崎商店創業者 山崎亀吉
1923年

山崎商店出版部より、日本初のダイヤモンド専門書といわれる
『ダイアモンド』を発刊。当時「真珠のミキモト・時計の服部・
ダイヤモンドの山崎商店」と謳われ、ダイヤモンドを礎にその名は広まりました。
GINZA TANAKAは、2011年にこの幻の名著『ダイアモンド』を復刊しています。

1926年

山崎商店は日本橋から、現在のGINZA TANAKAが銀座本店を構える
銀座一丁目へと移転しました。
戦後復興したばかりの銀座では、金はめったに手にすることのできない
高級品でしたが、山崎商店は日本でも有数の貴金属商として、
その名を馳せていきました。

当時の銀座一丁目 山越商会
1928年

明治・大正期は、時計といえば輸入品もしくは輸入した部品を国内で組み立てるのが
当たり前の時代でしたが、山崎亀吉は国産部品による時計の製造に情熱を注ぎました。
欧米で懐中時計の実情を視察し、1918年に尚工舎時計研究所(現・シチズン時計
株式会社)を設立。懐中時計は、昭和3年に昭和天皇がお買い上げになられ、
「銀座の山崎では、国産だが優秀な時計を作っている」とお話されたとか。
国産品愛用のきっかけを作ったと同時に、国産時計の優秀さを世に伝えています。

1930年

「ダイヤモンドの山崎」は日本の貴金属業界を牽引してきた田中貴金属の
傘下となることで、より高度な貴金属に関する技術を得ることになります。
現在のGINZA TANAKAのプラチナジュエリーやダイヤモンドへの
こだわりは、このような2社の伝統と文化の融合によって培われました。

田中商店創業者 田中梅吉
1964年

貴金属に対する見識と加工技術、そして確かな審美眼から、東京オリンピック公式
記念メダルの製造をまかされることに。メダルの販売価格は、金:5,000円、銀:800円、銅:200円。販売日は店頭に行列ができ、
プレミアがつくほどの人気でした。

1990年

田中貴金属の経営のもと、金やプラチナ製品の販売において誠実な
商売を徹底してきた山崎商店は、社名を「田中貴金属ジュエリー」へ
変更しました。

2002年

店舗名を「GINZA TANAKA」に変更。リニューアルオープンいたしました。
田中貴金属グループの一員として、今日も貴重なプラチナやダイヤモンドをはじめ、
美しさと確かな品質を兼ね備えた品々を、皆様へお届けしています。

LPM
2003年

グループ会社である田中貴金属工業(株)は、
1987年に日本で初めてロンドン金市場(現在のLBMA=ロンドン地金市場協会)
「公認溶解業者」の認定を受けました。
その後、2003年には、ロンドン地金市場協会(LBMA)より、
金および銀の溶解業者の溶解技術と分析能力を審査する「公認審査会社」に
選ばれました。さらに、2009年にはロンドン・プラチナ・パラジウム・マーケット
(LPPM)の「公認審査会社」の認定も受け、
いずれも世界で5社・日本では田中貴金属工業(株)が任命されています。
金・プラチナの両分野で、世界水準の技術と信頼を獲得している
田中貴金属工業(株)の地金を、GINZA TANAKAはジュエリーや
工芸品に使用しています。

現在の銀座本店
2014年

前身の「山崎商店」の建物「山崎ビルヂング」の雰囲気を基調とし、
伝統と革新を融合したデザインで、新たなスタートを切りました。

現在の銀座本店