2016.11.28  2016年11月公開分
  • 関東大震災、金融恐慌、太平洋戦争…。宝飾業界にとって1953(昭和28)年ごろまではまさに“失われた30年”ともいえる受難の時代でした。

  • 1989(平成元)年、フランス・パリのヴァンドーム広場近くにある著名な工房「GEORLAND(ジオランド)」でひとつのティアラが誕生しました。

  • まるでダイヤモンドのよう。初めて見た人はそう思うかもしれません。

2016.9.29  2016年9月公開分
  • 明治時代にいち早くダイヤモンドを大量に扱い、また、国産時計の生産にも着手した山崎亀吉。彼は、商才に長け

  • 山崎商店は日本有数の問屋街である日本橋で卸業を中心とした事業を展開していましたが、1926年(昭和元)年

  • 東京・目白にあった山崎亀吉の私邸の写真が残されています。19世紀末から20世紀の初頭にかけてドイツで流行した

2016.7.28  2016年7月公開分
  • 明治維新以後、人々が洋装するようになり、装身具を身に着けるようになると、新たな商売が誕生し、活気を得るようになっていきます。

  • 山崎亀吉が、文具や装身具づくりとともに意欲を傾けたのが、時計づくりでした。そのころ、時計といえば輸入品、あるいは輸入した部品を日本で組み立てたもので、日本には「時計師」と呼ばれる技術者はまだ存在していませんでした。

  • 『尚工舎時計研究所』の初代所長、岩田哲三郎は、山崎亀吉の命により1918(大正7)年と1920(大正9)年の2回にわたって欧米に派遣されます。

2016.5.30  2016年5月公開分
  • 「銀座」といえば、今では日本有数の繁華街ですが、江戸時代、この街には「銀座役所」が置かれ、銀貨がつくられていました。「銀座」という地名はその名残です。

  • 明治政府の肝いりで完成した銀座の煉瓦街では、舶来品を扱う店などが次々と開店していきました。日本初のビヤホール『恵比寿ビヤホール』や、日本初のカフェ『カフェー・プランタン』など、“日本初”の業種の店も登場。

  • 明治維新の文明開化は産業の発展ももたらしました。大正時代の末以降、かつては家庭を守っていた女性たちが社会に出て働くようになり、いわゆる「職業婦人」が登場します。

2016.3.28  2016年3月公開分
  • 江戸時代にはその存在すらほとんど知られていなかったダイヤモンドですが、明治時代に入ると皇族や華族がダイヤモンドのジュエリーを身に着けるようになり、さらに皇后美子さまの歌、『金剛石』が唱歌として広がるにつれ、一般庶民にも徐々にその存在は知られるようになっていきました。

  • 封建時代、日本では「女は家を守るもの」という教育が徹底され、妻たちが社交の場に出ることはありませんでした。

  • 江戸時代まで、日本には髪飾り以外に装身具をつける文化がなく、当然、装身具をつくる職人もいませんでした。そのため、皇族や華族がジュエリーを身に着けるようになってからも、輸入品に頼るしかありませんでした。

2016.1.26  2016年1月公開分
  • 金剛石(こんごうせき)。かつて、日本では「ダイヤモンド」のことを、こう呼んでいました。華麗なダイヤモンドを表現するには、少々不似合いな感じもするこの名前。

  • 260年あまり続いた江戸時代が終わり、明治維新を迎えると、新政府によって封建的な社会制度が刷新され、政治、経済、思想、風俗、習慣などあらゆる分野で近代化、西欧化が進められていきます。

  • 日本が西洋に劣らない文明国であることを海外に示すために、1883(明治16)年につくられた鹿鳴館。ここでは海外からの賓客接待のための数々の夜会や舞踏会が開かれました。